デジタルによって拓かれる小売業の可能性
※この記事は、AEON JOB-EXPO(2022年1月28日~29日)で行われたパネルディスカッションの内容を再構成したものです。
イオングループでは、デジタルテクノロジーを活用したさまざまな変革を進めています。
「デジタルによって拓かれる小売業の可能性」について、それぞれの企業でデジタル施策を統括するお二人の責任者に、実際の取り組み事例も交えたお話を聞いていきましょう。
生産性の向上と「イオン生活圏」の実現を目指して
イオン北海道株式会社
取締役 執行役員
関矢 充
1997年にジャスコ(株)(現イオン(株))に新卒で入社し、ジャスコ新東根店で紳士主任を経験したのち、2002年に北海道のジャスコ釧路店に赴任。イオン北海道(株)で計3店舗の店長、新設されたネットスーパーとEC事業を管轄するオムニチャネル事業部の事業部長、札幌地区の事業部長を歴任し、取締役に就任。現在は営業本部長を務める。
イオン北海道(株)について
関矢 2007年に(株)ポスフールが、ジャスコ(株)の北海道事業部を継承し、イオン北海道が誕生しました。2015年には(株)ダイエーの北海道のGMS店舗を継承、そして2020年3月にマックスバリュ北海道と合併し、新しいイオン北海道として生まれ変わりました。
2020年の統合により、「イオン」のGMS(総合スーパー)事業、「マックスバリュ」のSM(スーパーマーケット)事業、「ザ・ビッグ」のディスカウントストア事業、専門店のディベロッパー事業、ネットスーパー・ネットショップのEC、小型店の「まいばすけっと」など、多種多様な業態を持つ、北海道唯一無二の企業になったと自負しています。
当社イオン北海道(株)の売上は3,199億円(2020年度)で、全道に張り巡らせた167店舗に加え、ECで事業を展開しています。私はこれらの店舗を統括するとともに、プロモーション関係の営業企画や店舗をサポートするストアオペレーション、地域連携を推進するエリア推進などを管轄しています。
当社は名前の通り、北海道でイオンの基本理念を実現する企業です。「お客さまを原点に平和を追求し、人間を尊重し、地域社会に貢献する。」というイオンの企業理念のもと、当社ではさらに「北海道のヘルス&ウエルネスを支える企業」という経営ビジョンを掲げています。道民の健康を支えることはもちろん、人材・店舗・商品・デジタル、あらゆるものを駆使し、イオンのある街に住みたいと思っていただけることを夢に描きながら、従業員一同で日々お客さまの暮らしを支えている会社です。
デジタルによってワクワクする顧客体験を
株式会社カスミ
取締役執行役員 ビジネス変革本部
マネジャー兼U.S.M.Hプログラムマネジャー
満行 光史郎
新卒で入社した東京海上日動(株)で法人営業を経験したのち、デロイトトーマツとKPMGという2社のコンサルティングファーム、自身での起業を経て、2014年に日清食品ホールディングスに入社。インドネシアの現地法人で取締役として5年間従事。2019年に帰国後、(株)カスミの取締役執行役員に就任し、翌年からU.S.M.Hのプログラムマネジャーを兼任。
U.S.M.Hについて
満行 U.S.M.H(ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス)は、(株)マルエツ、(株)カスミ、マックスバリュ関東(株)を事業会社とする共同持株会社であり、関東一円で約520店舗のスーパーマーケットを展開しています。
いま会社として、「デジタルを基盤として構造改革を推進し、『あらゆる人に食を届ける』をめざして、協働と創発をくりかえし、地域社会に欠かすことのできない存在へ。」というスローガンを定めています。その中で、これまでのスーパーマーケットとは違う新しい体験や楽しさを、お客さまだけでなく一緒に働いている全従業員に感じてもらえる仕組みをつくることが私の役割です。
今年度はU.S.M.Hで、コスト構造改革から次世代PC(プロセスセンター)検討まで10のプロジェクトが走っています。3つの改革(1.コスト改革 2.フォーマット改革 3.ワークスタイル改革)に紐づくそれらのプロジェクトを統括する役割を、プロジェクトマネジャーとして担っています。
以下パネルディスカッション
注力しているDXの取り組みや、テクノロジーを活用している取り組みは?
関矢 前提として、「生産性」は特に当社の課題となっています。北海道は人口減少が進んでおり、特に生産年齢人口が減少しています。最低賃金の上昇をはじめ、人時コストが上がり、「人」という面で、これから難しくなっていく北海道において、生産性をあげていくことが、会社の大きなテーマとなっています。
その中でデジタルテクノロジーをどう活用していくのか?当社はデジタル化が進んでいるわけではありませんが、積極的に色々なことにチャレンジしています。その一つが、セルフレジの導入です。合併前は、セミセルフレジだけだったマックスバリュ店舗に、GMSで効果があったフルセルフレジを導入したり、フルセルフレジが主体だったGMSにマックスバリュで効果があったセミセルフレジを導入したり、オペレーション面でもシナジーが生まれています。レジのセルフ化によって、開いていないレジを減らすことでお客さま満足に繋がり、結果的に1時間あたりの生産性も上がっています。全体としては約8割の店舗にセミセルフレジとセルフレジを導入しており、これから100%の導入を目指します。
また、「電子棚札」をグループと連携して導入し、グループのインフラにすることを目指して実験を進めています。小売業はチラシ合戦が多く、表示価格と実際の売価の違いでお客さまにご迷惑をかけることも多いですし、セールスの変動によってPOPの切り替えなどにも非常に人時がかかっています。店舗に実験的に導入したところ、労働時間が約7%減少する、といった効果が出ています。
その他にも、文字認識ソフトを入れたハンディターミナルで賞味期限のチェックを簡単にできる仕組みを作り、現場の方に使ってもらうなど、小さな取り組みはどんどん進めています。
満行 U.S.M.Hでは、事業会社3社のDXを主導しています。我々は2020年に「Ignica(イグニカ)」(=Ignition for cultural lifeの略)というデジタルブランドを立ち上げました。このブランドのもとで、顧客体験の改革や店内サービスの改革、働き方の改革といったことを行っています。データの可視化やオープンソースERPなどの開発に、自社のメンバーとオフショアのリソースを使って取り組んでいます。
こうした取り組みの先に見据えているのは、もはやスーパーマーケットは必要なモノを買うだけの場所ではなくて、「買い物体験そのものを楽しむ場所になるべき」という、我々の目指す購買体験の姿です。
例えばこんな体験です。お客さまが店内を歩くと、スマホに商品のプロモーション情報が入ってくる。展示品もその場で注文して直接自宅に送れる。買い物に少し疲れたらソファに座り、その場でレストランオーダーもできる。AIが購入商品の栄養バランスを見て、不足している食品をレコメンドしてくれる。店内のデジタルサイネージでは、他店舗のクッキングスタジオの様子がまるでクッキング番組のようにライブ配信されている。お客さまは、店員に運んで来てもらった食事をしながら、スマホで残りの買い物を済ませる。帰りにピックアップルームに寄って、ご自身のスマホでロッカーの鍵を開け、購入商品を持って自動チェックアウトゲートを通って退店する。
これらの購買行動はすべてデータとして蓄積され、経営指標として可視化し、AIの機械学習に使われます。それが結果として、より良いサービスや、パーソナライズされたサービスとしてお客さまに還元されていく…というような仕組みを我々はデジタルで作ろうとしています。まず店内の例を挙げましたが、お店の外においてもデジタルプラットフォームで複数の店舗を一つにまとめたバーチャルなオンラインデリバリーや、現在すでに進めている移動販売の無人店舗など、デジタルを使って“ラストワンマイル”を広げていくつもりです。
ロボットが店の中にいたり、色々なところでAIが使われていたりする夢のある画がスライドで紹介されたが、現実的にはどのくらい可能性が見えているのか?
満行 ちょうど今日(2022年1月28日)オープンした(株)カスミの新店舗「BLΛNDEつくば並木店」ではすでに、ピッキングを支援する自律型協働ロボットが店内で稼働しています。自動チェックゲートも購入後のNPS(ネットプロモータースコア)システムも導入されていて、全部すでに実現できていますね。
(参加者からの質問)デジタルに関する取り組みで、他社と比較して差別化できている点は?
満行 お客さまが使うスマホアプリの中には、お客さまの評価をNPSとして回収できるシステムが入っています。また、お客さまの購買行動そのものをデータとしてクラウド上で一元に収集し、分析を行って数値化できる点で、他社と差別化できています。
関矢 イオン北海道の差別化のポイントは、WAONとイオンカードの圧倒的な会員数ですね。満行さんから顧客データに関する話がありましたが、我々も顧客データをとても大切にしています。特に北海道においてWAONは、地域との連携が密接です。ご当地WAONを中心としたキャッシュレス比率にはこだわっています。昨年リリースされたイオンのトータルアプリ「iAEON」や当社のネットスーパーを連携させ、集まった顧客データを活用することで、北海道ではどこにも負けない経済圏を目指しています。
(参加者からの質問)デジタル化が進んでしまうと、従業員がいらなくなってしまうのでは?
満行 まったくそんなことはありません。これはイオン北海道さんも同じだと思いますが、デジタル化が進むと、従業員がより付加価値の高いサービス、つまりお客さまとのコミュニケーションにもっと時間が使えるようになります。本来であれば、そういうお客さまと寄り添ったサービスをするのが、我々や従業員の真なる役割だと思っています。デジタル化が進むことで、いま品出しや注文など、お客さまとの接点が無いところに取られている時間が無くなり、お客さまとのコミュニケーションを取れるようになるはずだと考えています。むしろ「人」をもっと大事にしないといけません。
(参加者からの質問)デジタルに関する取り組みをしていく上で、自社の中で大切にしている考えは?
関矢 やはりIDを統合していくことが大事だと考えています。当社のネットスーパーとネットショップは会員が一つのIDで統合できているのですが、我々イオングループが持っている最大の資産であるイオンカード、WAONカードとの結びつけは、まだできていない状況です。これを連携させてIDを一つにできれば、中長期計画の「イオン生活圏」を実現できるはずです。インフラという点では、WAONカードでバスに乗れるようにするなど、利用箇所をどんどん拡大して、お客さまにとってより便利にしていくつもりです。
いま現場には「顧客を増やそう」とずっと言い続けています。顧客になっていただけるということは、イオンに愛着や信頼を置いていただけるということ。そうした顧客ロイヤリティの高いお客さまに対して、行政や地域と連携して、様々なサービスを提供していくことを目指しています。お客さまと地域をつなぐためのツールが、アプリやネットスーパー、店舗だと考えています。顧客のデータ分析をしてどのようにマーケティングオートメーションを回していけるか?というテーマについては、我々も人材を採用して専任チームを作りながら、少しずつ始めているところですね。
満行 関矢さんの視座の高いお話の後で少し話しづらいのですが…(笑)、僕らはすごくシンプルに、「楽しいか?」「ワクワクできるか?」ということだけを大切にしています。デジタルの取り組みは、僕らの中ではあくまで顧客体験をつくるツールの一つなので、それ自体が目的ではありません。
デジタルを使うことで、お客さまや従業員がより“ハッピー”だと感じることがもっと膨らむような取り組みであれば、価値があると考えています。
関矢 「楽しいか?」「ワクワクできるか?」が大切だという話は、私もその通りだと思いますね。デジタルはあくまでツールであり、お客さまの体験をどうつくっていくかという満行さんの考えにはすごく同感します。
(参加者からの質問)今後、小売業の未来はどうなっていくか?
関矢 お客さまにとって最適なテクノロジーというのはどんどん導入していきます。例えばさっきご紹介した「電子棚札」は、皆さんご存知のPOPやプライスカードに代わるものです。従来は、例えば火曜市に合わせて「火曜市99円」と書かれた札を従業員が付け替えるため、どうしても売価エラー(表示価格と販売価格の違いによるエラー)が発生していました。それが電子棚札になれば、商品のマスターデータが基幹システムとつながっているため、マスターデータを修正すれば表示される売価も瞬時に変わります。すると、付け替え作業自体が無くなるので、商品の補充やお客さま対応により時間を使えるようになります。また、従業員の残業を減らすことにもつながります。
満行 そういったデジタルで解決できる課題は、まだ色々なところにあるでしょうね。
私としては、今のままのスーパーマーケットだと、行き着く先は決して明るくないと考えています。コスト面と売上面があって収益になるわけですが、今までの日本のスーパーマーケットのビジネスってものすごく低収益なんです。一方で、コスト改善や業務の改善は沢山やっていて、すでに磨きあげられています。カスミのある茨城県でも、年々世帯数は減っていくし、競合他社との闘いも厳しくなっています。そうなったときに、どんなにコストを削減しようと磨いても、すり減ってしまいます。
それなら、我々イオングループとして行き着く先は、ただ買う所ではなくて、「顧客体験を楽しめる場所」であるべきです。iAEONやデジタル化といったさまざまなツールを使って顧客体験を楽しんでもらうことが大切で、それができなければ淘汰されていきます。となると、やるべきことは「買う」ことに関することだけではないですし、世界有数の大企業であるイオングループの強みを活かした、ウォレットシェアやマインドシェアといった考え方が大事になると思っています。
デジタル化や会社の戦略を推進するにあたって求めるのはどんな人か?
関矢 もちろんイオングループの基本理念にもある「人間を尊重する」人というのは大前提ですね。組織では人との付き合いが必ずあるため、「人を大切にできる人」というのが一番大事です。その上で私としては、イマジネーションを膨らませる“想像”と、実際に創り上げる“創造”を合わせた「想造」をできる方に来ていただきたいと思っています。今はデジタルで、これまで見えなかったことがデータで見えるようになり、さまざまなことにチャレンジできるはずですよ。
小売業において「想造」するためには、まず我々自身が買い物を楽しむことが大切ですよね。もちろん、お店に立てば従業員ですけど、一旦会社を離れたら一人の消費者、生活者です。新入社員によく伝えるのは、とにかく「買い物を楽しんで欲しい」ということ。それは、別にどこで何を買ってもいい。生活者の視点から気づきを得られると思うんです。もちろん本を読んで自己研鑽することも、新聞やネットで色んなことを知るのもそうですけど、いろいろなことを吸収していれば、何か気づきが生まれるし、ブレイクスルーが生まれるはずです。すぐではなくても、必ずいつか点はつながります。何でもいいのでやってみてください。
満行 僕らが考えているデジタル人材は「一人でコードを書けます」「Pythonできます」という人じゃなくて、DXのX側を担える人、改革を進められる方の人材です。だから、パッションがあって前向きな人、「新しいことに挑戦したい」とか「こんな世界を実現したい」という思いを自分ゴトとして持てる人。一緒に働きたいと思うのに、デジタルに強い人である必要は一切ありません。海外の優秀なメンバーと一緒に開発をやるようなときでも、想いやアイデアを伝えられる人、プロジェクトを進めるパッションを持てる人、関矢さんのおっしゃるような「想造」をできる人とぜひ一緒に仕事をしたいです。
最後に就職・転職活動中の方へのメッセージを
関矢 イオンはデジタルを使って変わろうとしています。逆に言えば、小売業のデジタル変革はまだまだこれからなので、デジタルに興味があって何かやりたいということであれば、イオンはチャレンジしやすい環境だと思います。そして何よりも商売が好きな人、そしてお客さまのことを愛してくれる人をお待ちしています。
満行 U.S.M.Hとしては、来期は「オープンイノベーションを推進する」というキーワードがあります。つまり、他業種や他社など全く別の方々との協業、協働ですね。これを来年度の一つのテーマにしようと思っています。
オープンイノベーションに興味がある方や、新しいことを誰かと一緒に実現したいという方、そういう熱いパッションをお持ちの方がいれば一緒に働きたいですね。
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※掲載記事の内容は、取材当時のものです。