約2万店舗、年間14億の購買データをどう活用するか?──イオングループが進める「買い物体験」DX戦略
約2万店舗、カード会員数約4613万人、従業員約57万人、売上高も約8兆6039億円と、圧倒的な規模を誇るイオングループ。イオンモールで購買された年間14億件のデータと、全国2万店舗で蓄積された「買い物」や「生活」のデータを活用し、イオンでは「買い物体験」を新しい価値として提供するDXプロジェクトに取り組んでいる。イオングループではこの膨大なデータを活用し、どのようなDXを進めているのか。DXを推進する各部署のトップが登壇し、紹介した。
登壇者プロフィール
イオン株式会社 執行役副社長 デジタル担当 羽生 有希氏
1991年4月ジャスコ株式会社(現在イオン株式会社)に入社。2013年より北京イオン総経理2014年3月より中国事業最高責任者として小売事業及び中国で発展するリテールテックを最前線でリード。2020年3月よりイオン株式会社 執行役副社長に就任し、デジタル・中国領域を担当。2021年3月より現在はイオングループのDXを担う。
イオン株式会社 データイノベーションセンター チーフデータオフィサー 中山 雄大氏
大学院修了後、IT企業の研究所および米国シリコンバレーの研究所にて自然言語処理、画像理解、データ解析等の研究に従事。2001年に携帯電話会社に転職。携帯端末アーキテクチャ、システムセキュリティ、ソースコーディング等の研究に従事した後、データサイエンティストやデータエンジニアから成るビッグデータグループを率いる。そこでは世界有数規模のデータ解析基盤を構築し、無線ネットワークの最適化からマーケティングに至るまで様々なビジネス価値を創出。2016年からは生命保険会社にてチーフデータオフィサーとしてデータ戦略の立案と実行を担う。2021年より現職。国際学会等での講演多数、登録特許44件。
イオンアイビス株式会社 代表取締役社長
兼 イオンスマートテクノロジー株式会社 取締役副社長 金子 淳史氏
1980年4月、日産自動車入社。2013年6月、イオン入社。2014年3月同社グループIT責任者、イオンアイビス株式会社 代表取締役社長(現任)。イオングループの各事業を支えるITの構築・提供とグループ全体の経営・バックオフィスのサポートを実施。2020年10月、イオンスマートテクノロジー株式会社 取締役副社長に就任。DXによるイオングループのイノベーションに取り組む。
中国の最新技術に日本の上質なサービスを加え、イオンならではのDXを進める
最初に登場した羽生氏は、まずイオンが事業を進める上で大切にしている理念を紹介。
「小売業は、人々の生活と最も密着しているビジネスです。そのため時代に関係なく、イオンではお客さまとの繋がりを一番に考えて事業を進めてきました。お客さまの立場で、お客さまの目線で、お客さま中心にすべての施策を進めていくことです。このような想いは、デジタルシフトやDXを進める際でも変わりません」(羽生氏)
その上で、「AIなどの新しい技術を活用することで、以前にも増してお客さまのことをより深く知り、より良いサービスを提供していきたい」と続けた。
DX戦略については主に大きく3つの方向で取組んでいこうとしている。1つは、「お客さまとの接点をテクノロジーの力で増やす」ことだ。2つ目は、「新しい技術で現場のオペレーション業務を効率化していく」こと。そして、「地域・パートナー企業との繋がりにおいてもデジタルシフトを進め、より深いつながりを構築していく」と述べた。
「イオンは300以上の関連会社からなるグループです。それぞれのグループ会社すべてが共通して使える、大規模なデジタル基盤の構築を進めています。ただ同基盤づくりにはやはり時間がかかります。そのため、並行して各企業や領域、サービスのデジタルシフトも進めています」(羽生氏)
イオングループでは昨年度より社内体制を刷新。大規模デジタル基盤をはじめ、グループ各社がサービスを開発・構築できるための体制づくりや人材の採用などを推し進めているという。
実際、すでにローンチしているサービスもある。リアル店舗におけるサービス「レジゴー」だ。商品のバーコードをスマホでスキャンすることで、レジ待ち時間をなくすことができる。以前はイオンが用意した専用デバイスを利用する必要があったが、2021年4月からはお客さまが持つスマホにアプリをインストールすることで使えるなど、利便性も向上している。
イオンは中国やASEANにも進出しており、歩みは30年以上になる。羽生氏は18年間、海外でビジネスに携わったキャリアを持ち、2014年には中国事業最高責任者として、中国におけるリテールテックの隆盛を、実際に見てきた人物だ。
「中国は日本より3~5年早くデジタルシフトが進んでいると感じます。例えば、日本は買い物バッグの大きさが小さくなる段階ですが、中国ではすでにバッグは必要ありません。スマホ1つあれば買い物はもちろん、公共料金の支払いや宅配サービスなど、生活のあらゆることが完結する社会となっているからです」(羽生氏)
イオングループでは、中国の最新リテールテックをグループ全体に展開しようと、2019年4月、「Aeon Digital Management Center(DMC)」を設立。さらに、これまで培ってきたテクノロジーやITソリューションを導入したGMS(総合スーパー)やネットスーパーなどを中国で展開するなど、DXを積極的に推し進めている。
中国でひと足早く進んでいるこれらのデジタルシフトを、今後は日本に導入していく。羽生氏は、「日本ならではの上質なサービスを加えることで、より良いDXを実現していきたい」と述べ、セッションを締めた。
「顧客体験の価値向上」を最重要視しながらデータ戦略を進める
続いて登壇した中山氏は、まずデータ活用やデータ戦略におけるビジョンを述べた。
「最新の技術を使いデータを最大限に活用し、個々のお客さまのニーズを、広く、深く、即座に理解するのが、私たち、DIC(データイノベーションセンター)チームの役割であり、イオングループのビジョンです。端的に説明すれば、データを集め解析することで、お客さまの体験をより向上させていきます」(中山氏)
データ活用は顧客体験の向上だけではない。先ほど羽生氏が説明したDX戦略の2つ、サプライチェーンおよび店舗オペレーションの改善、既存ビジネスの拡大、新規ビジネスの創出なども、合わせて実現していく。
現時点では、同データ戦略の実現に向けた基盤やフローの構築段階であり、主に3つのドメインに分かれ進めている。
1つ目は「データ分析基盤」。まさしくデータ戦略の根源であり、顧客からデータを得るタッチポイントだ。イオンが得るデータが基本になるが、政府の統計や人流、SNSの情報なども場合によっては取得する。
「私たちが得るデータはお客さまのお買い物。つまり、小売事業から得るデータだけではありません。それに加え300を超えるグループ会社からは、ヘルス&ウエルネス分野の健康関連データや、金融事業などによるさまざまなデータがあることが大きなポイントです。そして、お客さまからの許諾を頂いてこれらの様々なデータを紐付けることで、横断的に解析することを目指しています。先ほど紹介した価値のひとつ、クロスセルなど新規ビジネスの創出も合わせて実現していきます」(中山氏)
集められたデータは、データサイエンティストなどが扱いやすいように、名称の統合や属性の指定など、データ辞書の構築も含め整理整頓される。
そうして整ったデータを分析し、先述した価値を生んでいくのがデータサイエンティストだ。最新のAI(機械学習)手法を活用し、データの価値を最大化していく。繰り返しになるが、顧客体験の価値向上が最も重要な成果であり、具体的には、ネットスーパーでお客さま毎にパーソナライズした体験などを提供していく。
イオングループだからこそのアセット —— データビジネスの魅力が満載
続いて中山氏は、どのようなメンバーで業務を進めているのかも紹介した。具体的には、メンバーの属性は3タイプ。データサイエンティスト、データエンジニア、ビジネスエンゲージメントマネジャーである。
まずは、データサイエンティストについてこう語っている。
「これまで紹介してきたように、私たちは膨大なデータを扱いますから、大規模データの処理スキルや経験が必須です。さらに、既存のアルゴリズムを活用するだけでなく、自らアルゴリズムを構築できることも重要です。加えて、与えられた課題がどのようなビジネス的な意味を持っているのか。数理的なスキルやセンスだけでなく、ビジネス知見も求めています」(中山氏)
データエンジニアは先に説明したとおり、データ整備業務が担えたり、DWSの設計経験が求められる。ここでも中山氏は、イオンならでのスキルを求めた。それは、各種顧客データベースを構築した担当者と会い、どのような意図で作ったのかを確認するコミュニケーション能力だ。
そして、ビジネスサイドとデータアナリティクスのブリッジ的な役割を担うビジネスエンゲージメントマネジャーは、両ドメインの知識はもちろん、両者をマネジメントするPMスキルも必要だと続けた。
「AI(機械学習)はまだまだ成長過程のテクノロジーであるため、データ分析で先のような価値を生み出すためには、現時点ではデータサイエンティストなど、個人の力に頼るところが多い。一方で、これまではITベンダーやコンサルティングファームが同業務を担っていましたが、私たちも含め、多くの事業会社がデータ分析も含めたデータ戦略を内製化する傾向にあるため、データ人材が不足しています」(中山氏)
最近はデータ人材を輩出する大学も増えてきたため、長期的には人材不足は解決すると中山氏は見解を述べ、当面はこの傾向が続くだろうと指摘する。
中山氏は、大学時代から情報システムを学び、大手IT企業の研究所、大手キャリア、生命保険会社、そしてイオングループにジョインし、一貫してデータの研究ならびにビジネスに携わってきた。そんな中山氏だからこそ、これまでの経験を通じ、イオンならではのデータ戦略ビジネスの魅力を次のように紹介し、セッションを締めた。
「繰り返しになりますが、イオングループであれば4000万人以上、それも小売だけでなく、金融など様々なドメインのデータを、より深く見て研究することができます。実際、その面白さの魅力に惹かれ他業種から私たちの仲間に加わったメンバーもいます。イオンでは、多様なチャレンジできる環境であるのも特徴です」(中山氏)
中国DMCで開発したコア技術をベースにDXを進め、グループ会社に展開
最後のセッションは、2020年10月に設立した新会社、イオンスマートテクノロジー の金子氏が登壇。まずは、同社が設立した理由について次のように説明した。
「国内外に300社以上ある、イオングループ企業のすべてのビジネスやサービスを、テクノロジーの力で進化させること。結果として、イオングループ全体の成長を加速するために、当社は設立されました」(金子氏)
具体的な役割や事業は、次のとおりである。
【具体的な業務】
- デジタル基盤の構築
- 最新技術への積極的なチャレンジ
- チャレンジで得たノウハウや技術の蓄積ならびにグループ企業への提供
- プロダクト・ソリューション開発
- アナログ・デジタル両方に精通するハイブリッド人材の育成
金子氏はイオンのロードマップも紹介した。デジタル基盤の構築やアプリの開発、浸透などは2023年までに終え、そこから先、2024年から25年にかけては、展開するデジタルサービスを一気に拡大。まさしく、イオンが描くDX戦略そのものと言える。
技術のアセットにおいては、自社はもちろん、羽生氏が先ほど説明した中国のDMCから最新テクノロジーならびにプロダクトを取り入れる。国内においても、金子氏が代表を兼務する、実店舗におけるPOS、商品発注、財務、人事などといった基幹システムを担うグループ会社、イオンアイビスとも連携。その上で開発した技術やシステム、プロダクトを300社以上に展開していく計画だ。
具体的なプロダクトやソリューションも紹介された。例えば、お客さまアプリは、いわゆるイオングループのスーパーアプリの開発を実施。そして店舗のデジタル化では電子棚札を導入するなど、現場オペレーションの自動化、効率化を徹底する。
クラウドオフィスとは、従業員が業務に使うためのアプリやプラットフォームであり、同サービスが整備されれば、今まで以上に自宅にいながら仕事をできる環境が整う。さらに、経営層に特化したプロダクトも計画しており、タイムリーな業績を経営層に提供することで、リアルタイムな経営が行える体制を構築していく。
お客さま向けスーパーアプリならびに、従業員向けアプリの両方において、コアな技術となっているのが「業務中台」「データ中台」と呼ばれるエンジンだ。どちらも機能を細分化したマイクロサービスとして中国のDMCが開発。日本での展開においては、さらに機能追加するなど検討中だという。
「スーパーアプリが実現すれば、ひとつのIDにひも付き、決済、ポイント、クーポンなどが一元化されます。さらに、リアルとオンラインの両サービス、さらにはそのお客さまにとってどちらのシーンが適切なのかなど、より最適化されたレコメンデーションをすることが可能になります」(金子氏)
一方、従業員のアプリが実現すれば、これまではハンディタイプの機械やパソコンで確認していた在庫・欠品管理が、手持ちのスマホで可能になり、労働時間の短縮はもちろん、ITリテラシーが低い従業員へのストレス緩和。さらにはロスが短縮されることで、結果として接客時間が増え、顧客満足度アップにつながる効果を期待している。
最後に金子氏は、先の中山氏と同様、どのような組織で現在開発を進めているのか。それぞれのスキルセットや、技術スタックを紹介しセッションを締めた。
【Q&A】参加者から寄せられた質問を紹介
セッション後は、参加者から寄せられた質問に、登壇者たちが答えるQ&Aタイムが設けられた。
組織について
Q.中国DMCについて詳しく知りたい
羽生:いかにオムニチャネル化していくかを原点に立ち上げた組織のため、いわゆる一般的なテクノロジーカンパニーとは異なります。ハイブリッドな組織となっており、まずは基幹システムを担う部隊があり、そこからオムニ化するために、デジタルプラットフォームやフロントまわりの開発も行います。さらに、アプリやコンテンツを販促する部隊も備え、イオンの多様な業態にむけて様々なサービスを展開しています。現地メンバーは約150名ほどいます。
これまでは中国発ですべて進んでいましたが、今後は、要件定義などは日本やASEANのメンバーと三位一体で行い、開発を中国にて行う。こうしてできあがったプロダクトをこれまた3つのエリアに展開していく。そのような戦略を描いています。
中山:実際、機械学習のアルゴリズムなどにおいては、コードレベルでDMCのメンバーと私のチームのメンバーが、ナレッジを共有するなど連携しています。
Q.すべて内製化していく予定なのか
羽生:会員データやPOSデータの収集・整理、さらにはデータ分析のアルゴリズムなど、コアコンピタンスとなる領域においては、基本、内製化で進めます。ただし、コアコンピタンスでない部分についてはオープンマインドで、パートナー企業とアライアンスを組みながら進めていきたいと考えています。
Q.データ戦略に対するビジネスサイドへの理解はどう得ているか
中山:セミナーを開催するなど、啓発活動を行うことで、ビジネスサイドへの理解に取り組んでいます。分析チームが事例を公開したり、専門家による講演会なども実施。イオングループ全体でデータドリブンになっていることを理解してもらえるよう努めています。
Q.マーケティング部門との連携についてはどのように行っているか
中山:マーケティング部門とは密に連携をとっています。具体的には、マーケティング部門のメンバーが私たちDICチームに加わっていたり。逆に、私がマーケティング業務を兼務していたり。「お客さまのために」という共通ビジョンで仕事を進めるよう意識しています。
Q.グループ会社各社とイオンスマートテクノロジーにおけるIT領域の棲み分けは?
金子:棲み分けは正直、難しいと考えています。ただし会員基盤だけは、横串で共通に持つ必要があると思っています。コアなエンジンは共通にして、あとはそれぞれの企業やサービスが個々に調整し、作り上げていけばよいと考えています。
Q.現在構築中の基盤とOcadoのテクノロジーはどのように連携していくのか
羽生:我々イオンは店舗型なのに対し、Ocadoは豊富な品揃えを誇る倉庫型のネットビジネスモデルです。ユニークなのは、ピッキングから梱包・配送まで、業務のほぼすべてをロボットが自動で行っています。両者を組み合わせることで、必要な商品をより適切に届けるフローが構築できると考えています。
※Ocado:イギリスでネットスーパーを展開する「Ocado(オカド)」社。自社のサービスで培ったテクノロジーをソリューションとしても提供。イオングループのほか欧米や豪など、世界各地の小売事業者にソリューションを提供している。
Ocado社参考動画:https://youtu.be/4DKrcpa8Z_E
働く場について
Q.5月に移転したDICのオフィスの魅力は何か
中山:コワーキングスペースであり、通常のビジネスでは出会わない属性の方々とのタッチポイントがあり、ビジネスでもプライベートでも新たなネットワークが生まれると期待しています。入居者同士の交流も定期的に行われています。
オフィス紹介(WeWork東京スクエアガーデン):https://www.wework.com/ja-JP/buildings/tokyo-square-garden–tokyo
Q.イオングループならびにイオンスマートテクノロジーで働く魅力とは?
羽生:「グローカル」という言葉がイオンにはあります。我々の連携とは、日本のグループ企業はもちろんのこと、本日紹介したDMCやOcado、そしてBoxedといったグローバル企業とも一緒になって行っています。ローカルからグローバルまで、イオングループであれば通常出会うことのなかった多様な交流や体験を味わえる楽しみがあると思います。
金子:私も中山さんも中途入社だから分かるのですが、いい意味で、壁がないと感じています。新しい人材がすぐに馴染める企業文化です。加えて、イオンスマートテクノロジーは設立したばかりの会社ですから、いくらでもチャレンジできる環境がより整っています。私自身、これまでのアセットを活用しながらどう発展させていくか、楽しみながらビジネスを進めています。
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※掲載記事の内容は、取材当時のものです。